満ちた月はやがて欠ける|『狂い月』感想

あんなに綺麗な満月だったのに、ね?

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ある日の放課後、主人公は幼馴染の誘いで天体観測に参加する予定だった。しかし、クラスメイトが持ち掛けた幽霊屋敷の噂話に巻き込まれ、4人のクラスメイトと共に屋敷へと足を踏み入れることになる。その場所に秘められた恐ろしい真実も知らずに───。

 

満月の夜に幽霊屋敷からの脱出を試みるサスペンスホラーADV。有名なフリーホラーゲームの一作ということでプレイ前から期待値は高かったけれど、その期待を上回る面白さだった。

サスペンスホラーADVと銘打たれているように、屋敷内での連続死に関するサスペンス要素と怪奇現象を追うホラー要素が絶妙に絡み合い、屋敷にまつわる過去と現在の出来事が交錯して惨劇が次々と引き起こされる。そんなノンストップの展開から目が離せず、トゥルーエンドまでおよそ4時間、一気に駆け抜けた。

屋敷に幽閉されることになるメインキャラクターは5人、全員男子高校生である。どちらかと言えば女性向けのキャラクターデザインで、立ち絵は綺麗めのタッチで描かれている。セーブデータに載るキャラクターの横顔のイラストがペルソナ4っぽい作画で好み。

グラフィックは月明かりによる陰影が際立ったもので、マップはピクセルアートによって広大な屋敷内の細かなオブジェクトまで描き込まれている。更に、重要なシーンでは2Dアニメーションが挟まれたり、月に因んだ有名なクラシック曲が流れたりと演出上の工夫が凝らされていて、全体的にみて商業ゲームと遜色ない完成度に仕上がっている。

肝心のホラー演出に関してだが、ジャンプスケアは少なく、残酷表現もマイルドな方ではあると思う(ピクセルアートによる死体・流血表現が苦手な方は注意)。プレイヤーをあの手この手で怖がらせるというよりはテキストをじっくりと読ませることに重きを置いた作品で、謎解きの難易度も程々に抑えられている。探索においても「思考する」コマンドが動線の役割を果たしていて、何をすべきかわからずに詰まるなんてことはなくスムーズに進められた。屋敷が広くて探索に時間を要するため、主人公の移動速度が速いのも地味に助かるポイント。

アクションに関しては一部初見殺し要素があるものの、ゲームオーバーになってもすぐに直前からやり直せる仕様になっている。トゥルーエンドへの時間制限の仕掛けだけはシビアで何度もやり直したけれど、それだけ苦労して見る価値のあるEDだった。エンドロールやクリア後のタイトル画面の変化も秀逸で、最後まで飽きることなく楽しめた。

魂の共鳴を堕落した恋と呼ぶ|『蝶~再演』感想

愛しい蝶の羽を捥いだとて、致命傷になれば意味が無い。

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東京へ向かう汽車で乗り合わせた青年と会話する恋愛ADV。万華鏡のような幻想的な色合いのタイトル画面に惹かれて読んでみたら、語り口が非常に自分好みの作品だった。

ゲームシステムとしては、周回プレイを重ねるごとに文章が追加されて徐々に深層が見えてくる、ビジュアルノベルの周回性を活かした奥行きのある構成。この終着点の見えない感覚が作品のテーマ性にとてもよく合っていた。周回必須と言えども1周は5分程度でEDは2種類。30分もあれば物語の行く末を見届けることができる。

一応ジャンルとしては紹介ページに「和風ファンタジー乙女ゲーム」とあるが、作品全体に厭世的な雰囲気が漂っていて、一般的な恋愛というよりは男女の魂の結びつきを「恋愛」という枠に当て嵌めたような関係性の物語。じっとりと熱っぽく、それでいて底の見えない孤独と寂寥が感じ取れるような語り口である。

彼岸花に椿、蝶々があしらわれた画面デザインがお洒落で、花札のような塗りがレトロ感を引き立てている。派手な演出などは無く、ガタンゴトンと揺れる汽車の音と数枚のイラストのみで世界観が見事に作り上げられていて、陶酔感のあるゲーム体験だった。


以下、ネタバレあり。

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魅入られたのは画家か、悪魔か|『THE CANDLE LIGHT』感想

あの瞬間、僕は縋ってしまったのだ。

それはきっと、神では無く、

もっと違う「何か」だったのだろう。

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深く黒い森を抜けた先に、古く壮麗な洋館が佇んでいた。その館の主であるヘンリー・E・グランウォードは才能溢れる画家でもあったが、いつしか彼には不穏な噂が囁かれるようになった。「悪魔に魅入られた、呪われた画家である」と……。

 

メイドの主人公を操作し、洋館の燭台に火を灯しながら進むホラー風味の横スクロール型ADV。息をのむほど荘厳な洋館に美しい絵画、上品な音楽、蝋燭に揺らめく光の陰影、妖しげな雰囲気を盛り立てるホラー演出…と徹底した西洋の雰囲気作りがなされた作品である。

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ゲームの操作自体は画面を左に向かって進むだけ。後退できないという制約はあるものの、この簡易なゲーム性がまるで上質な紙芝居を見ているかのようであり、ゲームをしている感覚を忘れて作品世界に没入することができた。

 

以下、ネタバレあり。

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ハートフル推理恋愛ADV|『美味しいコーヒーはあなたのために』『美味しいチョコもあなたのために』感想

とあるレビューサイトで紹介されていた『美味しいコーヒーはあなたのために』というフリーゲームがコーヒー好きとしては気になったので、続編『美味しいチョコもあなたのために』と併せてプレイした。

ジャンル的には推理要素のある恋愛ADVで、両作品ともにEDは全8種、30分~1時間程度でフルコンプが可能。

 

以下、ネタバレあり。

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精神疾患をもつ少女がみた世界|『Milk inside a bag of milk inside a bag of milk』感想

最後には、何もかもが痛みなく済めばいい。
そう願ってる。

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プレイ時間は30分程度、主人公の少女が牛乳を買いに行くのを手伝うだけのビジュアルノベル。Steamには「精神的恐怖」のタグがついており、ジャンルとしては一応サイコホラーADVという括りに入るだろうか。

内容としては本当に少女が牛乳を買いに行くだけなのだが、そこに「はじめてのおつかい」のような微笑ましさは全くない。赤と黒サイケデリックな8bit風アートワークと不安を煽るようなBGMが特徴的だが、これがまさに少女の生きている世界そのものなのである。

少女は精神疾患を患っており、日常生活すらままならない。しかし牛乳を買いに行かなければならないため、彼女は自分を「ビジュアルノベルのキャラクター」と思い込むことでなんとか克服しようとする。つまり、プレイヤーからすれば少女は「自分を『ビジュアルノベルのキャラクター』と思い込むビジュアルノベルのキャラクター」という入れ子構造の存在なのである。この入れ子構造は、少女の思考回路に通ずるところがある。

ゲーム序盤で、プレイヤーは少女が左足でアスファルトを五十歩、右足で芝生を五十一歩歩いていることを指摘し、それを受けて少女は左右の歩数のズレを直そうとする。

つまり、一歩進んで、これで五十二歩目ってことね!
でも待って、前に一歩とは限らない。逆に下がると考えれば、五十歩目?
ああ、もうぜんぜん意味分かんない!

少女の中には「両足で歩数を揃えなければならない」というマイルールがあり(おそらくこれ以外にも多くのマイルールが存在すると思われる)、そこから少しでも逸脱すると、自分で納得がいくまで矯正を試み、思考が堂々巡りしてしまうのだろう。こういった潔癖な強迫観念は、スーパーの牛乳売り場に到着してからも彼女を苦しめる。

ため息をついてから、牛乳をつかんで取る。
正確には、牛乳が中に入った袋を。
もっと正確には、袋の中の牛乳が中に入った袋を。

少女は物事をより正確な形で捉えようとするあまりループ思考に陥り、破綻する。そこには自分が「ビジュアルノベルのキャラクター」であるがゆえに、読み手に対して物事をテキストボックスに正確に描写しなければならないという強迫観念が少なからず発生していると推察される。

プレイヤーはそんな少女のイマジナリーフレンド的な存在として彼女の思考に干渉するのだが、プレイヤーの選べる選択肢は、時には「哀れだね」「あんた病気だよ」といった辛辣な罵倒であり、時には「はやくレジに行け」と冷淡さを伴う助言であったりする。彼女の心に優しく寄り添うような選択肢は何一つとして存在しない。

終盤で、少女がベンチに座り「ビジュアルノベルのモノローグ」を話すシーンがある。

でも、あの、ね。
君がいてくれたから、今日は特別な日になったんだ。
ほかにも伝えたいことがたくさんあって

堰を切ったように言葉を紡ぎ始める少女を、プレイヤーは無粋にも「申し訳ないんだけど」「家に帰ろうよ」と遮ってしまう。プレイヤーは文字どおりのイマジナリーフレンドというよりはむしろ、少女の中にある自罰的な一面、あるいは現実的・客観的な一面が反映されたものであるように感じられる。

少女は無事に牛乳が買えたことに安堵し、プレイヤーに対して感謝を述べる。「君がいてくれたおかげだ」「ありがとう」と。しかしその実、少女は常に孤独だ。彼女とプレイヤーの対話はすなわち、どこまで行っても彼女の脳内の葛藤の記録でしかないのだから。