精神疾患をもつ少女がみた世界|『Milk inside a bag of milk inside a bag of milk』感想

最後には、何もかもが痛みなく済めばいい。
そう願ってる。

store.steampowered.com

プレイ時間は30分程度、主人公の少女が牛乳を買いに行くのを手伝うだけのビジュアルノベル。Steamには「精神的恐怖」のタグがついており、ジャンルとしては一応サイコホラーADVという括りに入るだろうか。

内容としては本当に少女が牛乳を買いに行くだけなのだが、そこに「はじめてのおつかい」のような微笑ましさは全くない。赤と黒サイケデリックな8bit風アートワークと不安を煽るようなBGMが特徴的だが、これがまさに少女の生きている世界そのものなのである。

少女は精神疾患を患っており、日常生活すらままならない。しかし牛乳を買いに行かなければならないため、彼女は自分を「ビジュアルノベルのキャラクター」と思い込むことでなんとか克服しようとする。つまり、プレイヤーからすれば少女は「自分を『ビジュアルノベルのキャラクター』と思い込むビジュアルノベルのキャラクター」という入れ子構造の存在なのである。この入れ子構造は、少女の思考回路に通ずるところがある。

ゲーム序盤で、プレイヤーは少女が左足でアスファルトを五十歩、右足で芝生を五十一歩歩いていることを指摘し、それを受けて少女は左右の歩数のズレを直そうとする。

つまり、一歩進んで、これで五十二歩目ってことね!
でも待って、前に一歩とは限らない。逆に下がると考えれば、五十歩目?
ああ、もうぜんぜん意味分かんない!

少女の中には「両足で歩数を揃えなければならない」というマイルールがあり(おそらくこれ以外にも多くのマイルールが存在すると思われる)、そこから少しでも逸脱すると、自分で納得がいくまで矯正を試み、思考が堂々巡りしてしまうのだろう。こういった潔癖な強迫観念は、スーパーの牛乳売り場に到着してからも彼女を苦しめる。

ため息をついてから、牛乳をつかんで取る。
正確には、牛乳が中に入った袋を。
もっと正確には、袋の中の牛乳が中に入った袋を。

少女は物事をより正確な形で捉えようとするあまりループ思考に陥り、破綻する。そこには自分が「ビジュアルノベルのキャラクター」であるがゆえに、読み手に対して物事をテキストボックスに正確に描写しなければならないという強迫観念が少なからず発生していると推察される。

プレイヤーはそんな少女のイマジナリーフレンド的な存在として彼女の思考に干渉するのだが、プレイヤーの選べる選択肢は、時には「哀れだね」「あんた病気だよ」といった辛辣な罵倒であり、時には「はやくレジに行け」と冷淡さを伴う助言であったりする。彼女の心に優しく寄り添うような選択肢は何一つとして存在しない。

終盤で、少女がベンチに座り「ビジュアルノベルのモノローグ」を話すシーンがある。

でも、あの、ね。
君がいてくれたから、今日は特別な日になったんだ。
ほかにも伝えたいことがたくさんあって

堰を切ったように言葉を紡ぎ始める少女を、プレイヤーは無粋にも「申し訳ないんだけど」「家に帰ろうよ」と遮ってしまう。プレイヤーは文字どおりのイマジナリーフレンドというよりはむしろ、少女の中にある自罰的な一面、あるいは現実的・客観的な一面が反映されたものであるように感じられる。

少女は無事に牛乳が買えたことに安堵し、プレイヤーに対して感謝を述べる。「君がいてくれたおかげだ」「ありがとう」と。しかしその実、少女は常に孤独だ。彼女とプレイヤーの対話はすなわち、どこまで行っても彼女の脳内の葛藤の記録でしかないのだから。