これは、世界でいちばん楽しい自殺|TVアニメ『メイドインアビス』感想

「憧れ」は誰にも止められない。

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メイドインアビス』は、少年少女が「アビス」と呼ばれる秘境の大穴を冒険するダークファンタジー。「大穴の底を目指して潜り続ける」という単純明快なコンセプトを下地に、親子愛や種族を超えた絆、かけがえのない出会いと別れ、ときには希望を打ち砕く悲劇……。それら全てを引っ括めて「生きるとは何か」を問うてくる作品だった。

 

以下、ネタバレあり。

 

子ども向けアニメのような可愛らしいタッチとは裏腹に、本作で描かれるのは原作者曰く「ワクワクする自殺」。自由と平穏を捨て、憧れだけを胸に過酷な冒険へ挑む主人公のリコと、そんな彼女をサポートするロボットのレグ。危険を顧みない行き当たりばったりの旅路は見ていて不安に駆られるのだが、それ以上に彼らの溢れんばかりの情熱と探求心に胸を打たれる。

本作を象徴するテーマは、人間のもつ「憧れ」の情動。死の恐怖すらも凌駕する強烈な「憧れ」こそが人生を輝かせるものであり、人間は「憧れ」を止めることはできない。そんな眩しいほどの人間讃歌が、雄大なアビスを旅する少年少女の姿に乗せて描き出されている。

 

そのテーマ性が強く表れているのが、第10話『毒と呪い』。リコが深界四層で原生生物に襲われてしまうエピソードだ。リコを救うためにレグはやむなく深界三層へと戻る決断をするのだが、ここで「上昇負荷」という残酷な障壁が立ち塞がる。

「上昇負荷」とは、通称「アビスの呪い」と呼ばれ、下の階層から上の階層へと戻る際に人体に異常をきたす謎の症状のことで、階層が深くなればなるほど症状も重くなる。深界四層の上昇負荷は、全身の激痛と流血。それに加え、リコは三層の上昇負荷も併発し瀕死の状態に陥ってしまう。

「レグ、行かないで……」

「君こそ、僕を置いて行くな」

リコの左腕の骨が折られるシーンは、視聴者の甘い楽観主義が折られる瞬間でもある。

いたいけな子どもが酷い目に遭うわけがない。主人公補正で何とかなるだろうと思っていたことが、何とかならなかった。今までが順調に行きすぎていただけで、ふたりの旅路は言わば片道切符の自殺である。左腕を失ってでも頑なに冒険を続けようとするリコを通して、死の恐怖すらも凌駕する「憧れ」の苛烈さが垣間見える。

リコは死や苦痛と引き換えに、誰も見たことのない世界を見ようとしている。

登山家が「そこに山があるから」登るのだとすれば、探窟家は「そこにアビスがあるから」潜るのだろう。そこには理屈で説明できない、根源的な生への渇望がある。リコはいつか来る死を黙って待つのではなく、生きる歓びを得るために自ら死地へ飛び込むことを選んだ。誰も見たことのない世界を見ることが、彼女にとって「生きる」ということなのだろうから。