プレイヤーの解釈で完成する言語解読ADV|『7 Days to End with You』感想

With me and you. It ends with us.

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この物語は、貴方の解釈で完成します。
貴方が感じ、受け取ったすべての物語は、すべて正しいでしょう。
一度では理解できなくても、貴方には物語を何度も繰り返すチャンスがあります。

これは、たった7日間の短くて長い物語。

記憶喪失の主人公が、未知の言語を話す女性と7日間を一緒に過ごす物語。言語解読をコンセプトとした斬新なパズルゲームで、ストーリーとゲーム性が綺麗に噛み合った作品だった。

基本的なゲームスタイルはオーソドックスなポイント&クリック型のADV。部屋の中にあるものに触れると女性がその名前を教えてくれるので、まずは部屋の中を片っ端から調べて語彙を増やしていくことから始まる。

留意すべきは、物体の名称をストレートに教えてくれる場合もあれば、その物体の用途を説明してくれる場合もあるということ。例を挙げれば、椅子は「椅子」と教えられるのに、天秤は「重さを調べる道具」と説明されたりする。後者の場合、プレイヤーは異なる物体の説明を照らし合わせ、共通する単語を見つけて意味を類推する必要がある。

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上の画像はそれぞれ「恋人」「審判」を意味するタロットカードだが、これらにどんな訳を充てるかはプレイヤーの匙加減にかかっている。文脈に合わせて「愛」や「罰」などと訳しても良さそう。このように、未知の言語を相手にしているとは言えど、プレイヤーの元々持っている知識が翻訳の取っ掛かりになる場合もある。

何となくこういう意味かな、と見当をつけた単語が他のシーンでは全く違う使われ方をしていたり、文脈にそぐわなかったりして、その都度修正を重ねていく。地道なトライアンドエラーを繰り返してより適切な単語に翻訳する作業が思った以上に楽しいのだ。温かみのあるピクセルアートや北欧風のBGMも居心地の良さに一役買っていて、気がつけば何時間も翻訳作業に没頭していた。

主人公の移動範囲は自室、研究室、植物室、リビング。玄関の外に出ようとすると女性に引き留められるが、家の中でなら自由に移動が可能。部屋を移動する回数によって時間帯が昼から夕方、夜へと切り替わり、特定の時間帯にのみ発生するイベントもある。とはいえ、主人公が自主的にベッドに入るまで一日が終わることはなく、プレイヤーは自分の気が済むまで過ごすことができる。そういう点では、オープンワールドのゲームに感じる空間的な自由とはまた違った、精神的な自由を感じられる。

本作の特徴として、ゲームデザインがプレイヤーの自主性に依存していることが挙げられる。というのも、例えば「単語を何個翻訳すれば翌日に進む」といったノルマが存在せず、正解や不正解も一切提示されることなく、翻訳作業の進捗や程度がプレイヤーに丸投げされているからだ。

本作を楽しむのに必要なものはプレイヤーの知的好奇心なのだと感じる。要は「わからない」もどかしさを、物語を読み解く原動力にすること。言葉を知ることは相手を知ることであり、相手の生きる世界を知ることに繋がるのだと再認識させられる貴重なゲーム体験だった。

 

以下、ストーリーのネタバレあり。

 

研究室に真っ赤な液体の入ったフラスコや人間の背骨のようなものが置いてあったり、主人公が日に日に衰弱することから不穏な予感はしていた。極めつけは主人公の名前で開く隠し部屋。麻袋、包丁、拘束具、血だまり。

自力では錬金術の詳しい内容まではわからなかったけれど、女性が「死んだ恋人にもう一度会う」ために禁忌を犯したのだということは朧げながらも推察できた。そうして錬成したものが、言葉を理解せず、女性との思い出を忘れ、7日間で死に至る不完全なホムンクルスだったとしても。思えば、廊下の鏡が割れていたのは主人公が自分の姿を認識できないようにするためだったのかもしれない。

最終日、女性は自らが犯した罪への審判を主人公に委ねる。ここで「全てを終わらせる」か「全てを受け入れる」かでEDが分岐するが、どちらにせよ主人公を喪った時点で彼女の人生は閉ざされている。本作は『7 Days to End with You』、ふたりの世界をふたりで終わらせるための7日間。私の選択は、決まっていた。

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この7日間、女性は一度も主人公に恋人の役割を求めなかった。ただ愛情を込めた眼差しで見つめて、我慢強く寄り添ってくれた。何もかもを思い出せない主人公に「また最初から始めよう」と微笑んでくれた。そんな彼女の最期に零した願いが「一緒に眠りたい」。毎晩、主人公が眠りにつく前に掛けてくれていた言葉と同じだと気づいたとき、あまりの切なさに思わず涙が零れてしまった。

ゲーム開始時にプレイヤーはこの物語の「観測者」であると説明されるのだが、私はいつの間にか観測者ではなく、主人公に同化し、確かに彼女を愛していたのだと思う。