煉獄さんの遺志を照らす斜陽転身|吾峠呼世晴『鬼滅の刃』18巻感想

鬼滅の刃』18巻では猗窩座戦が決着。加えて、童磨戦がカナヲ・伊之助の増援により第2ラウンドを迎える。

今回の猗窩座戦は、炭治郎にとって、煉獄さんの遺志を継ぐための通過儀礼だった。

煉獄さんの死を見送ることしかできなかった炭治郎が、同じ敵を前にして、今度は義勇をその手で守ることができるのか。煉獄さんの信頼に報い、成長した姿を見せられるのか。

悔しいなぁ
何か一つできるようになっても
またすぐ目の前に分厚い壁があるんだ

(引用元:第66話『黎明に散る』)

そして、猗窩座という分厚い壁を越えられるのか。

そういう意味では、この戦いは無限列車編で提示された課題への答えであり、自分自身との闘いでもあった。だからこそ、ただ猗窩座を倒すだけでは不十分だったのである。煉獄さんの遺志に応えるためには、義勇を守って勝たなければならなかった。

 

以下、ネタバレあり。

 

戦闘中、炭治郎は二度にわたって義勇を守っている。

一度目は、義勇が鳩尾に拳を入れられたとき。

前巻で痣を発現させ善戦した義勇だが、戦闘が長引けば長引くほど、猗窩座の方に形勢が傾いてゆく。曰く「泥沼」。義勇が水の型をすべて出し尽くしたのを見計らい、もう用無しとばかりに一気に殺しにかかる猗窩座は、至高を追い求める戦闘狂として申し分ない風格を湛えている。そんな猗窩座の渾身の一撃を、炭治郎が腕を斬って止める。

二度目は、破壊殺・滅式が展開されたとき。煉獄さんを死に追いやった滅式から義勇を守るため、炭治郎は彼を抱えて攻撃圏外へ飛び退く。

 

一方で、義勇もまた炭治郎を守っている。

失神した炭治郎にとどめを刺そうとする猗窩座を、打ち潮で牽制する義勇。限界を超えてもなお意識を保ち続け「炭治郎を殺したければ、まず俺を倒せ…!」と叫ぶ彼を、猗窩座はかつての師範の姿と重ねる。

どんな苦境に立たされても決して折れない。

義勇が「不屈の精神」を取り戻したのは、目の前にいる炭治郎が「繋ぐ」ことを思い出させてくれたからだ。

託されたものを後に繋ぐ
もう二度と目の前で家族や仲間を死なせない
炭治郎は俺が守る
自分がそうしてもらったように

(引用元:第154話『懐古強襲』)

思い返せば、炭治郎に鬼殺隊士としての生き方を示したのは義勇だった。生殺与奪の権を他人に握らせるな。揺るぎない怒りは手足を動かす原動力になる、と。

さらに義勇は、他の柱から信頼を勝ち得ていなかった炭治郎のために、禰豆子の命の責任をも背負った。

それから数年後。炭治郎は、猗窩座との命の奪り合いの末に至高の領域に踏み込み、首を斬ることに成功した。遊郭での「勝たせてもらった」勝利とも、刀鍛冶の里での禰豆子を犠牲にしかけた勝利とも違う。言うなれば、自立した勝利だった。

このとき初めて、炭治郎は義勇の想いに完全なかたちで報いることができたのだと思う。ふたりとも、大切な死者の想いを繋ぐため、そして生者の想いに報いるため、互いを守り抜いたのである。

 

一方で、死者の想いを繋ぐことができなかったのが狛治という存在である。

鬼になって記憶を無くし また俺は強さを求めた

守りたかったものはもう 何一つ残っていないというのに

家族を失った世界で 生きていたかったわけでもないくせに

百年以上 無意味な殺戮を繰り返し

何ともまあ惨めで 滑稽で つまらない話だ

(引用元:第155話『役立たずの狛犬』)

彼は師範と恋雪を喪った絶望で我を忘れ、父親の「まっとうに生きろ」という想いを断ち切った。守る拳で人を殺め、師範の「不屈の精神」をも踏みにじってしまったのだ。

 

留守中に家族を鬼に惨殺された炭治郎と、留守中に家族を毒殺された狛治。

奇しくもふたりの境遇は似ている。家族から真っ当な愛情を受けていたのも同じだ。

しかし、炭治郎と異なり、己の生殺与奪の権を他者(無惨)に委ねた狛治は、その瞬間本当にすべてを失ってしまった。妓夫太郎・堕姫兄妹のように鬼となることが救いであればまだ良かったが、狛治の場合はそうではなかった。彼にとって、鬼として過ごした年月は無意味だった。

だからこそ、最期に炭治郎に正々堂々と負かされたことが大きな意味を帯びてくる。

勝負はついた

俺は負けた

あの瞬間 完敗した

正々堂々 見事な技だった

(引用元:第156話『ありがとう』)

人間時代にさせてもらえなかった正々堂々の勝負を、皮肉にも、鬼となり炭治郎と出会ったおかげでようやく叶えることができたのだ。

炭治郎が感じた「感謝の匂い」。

サブタイトルの『ありがとう』には、父親から狛治への「ありがとう」、恋雪から狛治への「ありがとう」、そして猗窩座から炭治郎への「ありがとう」が確かにあった。

猗窩座の生涯は自壊というかたちで幕を閉じたが、狛治の魂は愛する家族とようやく再会し、地獄の業火に包まれながら眠るのだろう。

 

神様、どうか、この人が今度生まれてくるときは、鬼になんてなりませんように。