少年は人形の首を折り続ける|『点鬼簿行路』感想

孤独な魂同士の結び付き。

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フリーゲーム点鬼簿行路』(制作:丹綿樫様)をプレイし、その美しい物語に心を強く掴まれたので感想を残しておこうと思う。

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本作は、廃部が決まった演劇部に所属する少年・淵上と、その先輩・小夏の会話劇を主軸としたボーイミーツガールもの。一時間足らずでクリアできる短編作品でありながら、そこにはむせかえるほどに濃密かつ陰鬱な世界が広がっていた。

思春期のひりついた感情を丁寧に描出したシナリオ、不気味な雰囲気を盛り上げるSE、選択肢の出方、重要なシーンで挟まれるパートボイス等々、あらゆる要素が混然一体となって『点鬼簿行路』の世界を編み上げており、読了後には心地良い疲労感と一抹のさみしさに襲われた。本当に、すごい作品に触れてしまった……。

 

以下、ネタバレあり。

 

本作の肝は、演劇や人形といったモチーフを通して思春期の男女ふたりの関係性が濃密に描かれている点だと思う。

人形の首を折るという奇怪な趣味をもつ淵上と、そんな彼の行動を「見ている」小夏。特別仲が良さそうには見えないし、かといって完全に他人というほどよそよそしくもない。独特な距離感の裏に隠された、互いに対する強い想いが露わになってゆく過程にぞくぞくした。どこまでも純粋で仄暗く、共依存的な男女の関係性。

 

二種類あるエンディングのうち、Ending-Aでは、淵上が小夏の首を抱えて海へ入り、永遠を誓う結末を迎える。入水心中を「水底の挙式」と表現するセンスに痺れた。

まり子という役柄に憑りつかれた末に、彼女と同じ末路(首吊り自殺)を辿る小夏。そんな小夏の首を切り落とす淵上。小夏の首を切ったことで淵上は彼女の特別な存在となり、小夏も、まり子と同じ幸福を獲得した。

果たして、これ以上の結末が存在し得るのだろうか。

確かに、彼らの末路は世の中に腐るほど溢れ返るハッピーエンドとは程遠いものだったけれど。命を削って『点鬼簿行路』という演劇作品の「まり子」を演じきった小夏を追いかけて、淵上は「男」を演じ、劇の幕を降ろした。

演劇『点鬼簿行路』は、男がまり子の首を切って持ち去るシーンで完結する。しかし、淵上は小夏のために結末のその先を求めた。脚本を書いた先輩に台本の続きを訊きに行った淵上の行動は、彼が小夏と幸せになるための覚悟の表れであったと、私は捉えている。

男に首を持ち去られたことでまり子は幸福になったのだ、と小夏は言っていたけれど。まり子の首と一緒に海へ入った男も同じように幸福になったのではないかと思う。いや、少なくとも私はそう信じたい。

「今日だけ、一緒にいて」
「最後まで、ずっと一緒にいます」

バレンタインデーの小夏の誘いに、心中というかたちで応えた淵上。この台詞の繋がりがあまりにも美しく、胸が打ち震えた。

Ending-Bの、淵上が亡くなった小夏に想いを馳せる描写にも胸を衝かれた。突き詰めれば、本作は孤独な魂をもつふたりが結び付き、互いの孤独を埋め合おうとする物語だったのではないかと感じる。

 

タイトル画面のビジュアルに惹かれ軽い気持ちで読み始めた物語だったけれど、とても強烈で心に残る体験をさせてもらった。水底で永遠を誓った彼らのことを、私はきっと忘れない。永遠に。

この幸福な悲劇の物語を言い表すのに「素晴らしい」という形容詞が適切かどうかはわからないけれど…、でも、本当に素晴らしい作品だった。鏑木小夏という名女優の苛烈な生き様を魅せてくれて、ありがとうございました。